2012年11月6日火曜日

トルコ風呂

まずは錚々たる顔ぶれの昔の対談から。

吉行淳之介 あなた、女性のほうは・・・ 赤線には、間に合いましたか。
立川談志  ええ、何とか。
吉行淳之介 古典落語のためには、あの世界がなくなったというのは
         ぐあいが悪いね。
大宅壮一 トルコ風呂はどうですか。一種の赤線だがね。
立川談志 知らないんだ、ぼくは。
 (『生意気ざかり』談志人生全集1講談)

 

内容の適不適はおいておく。
さてこの「トルコ風呂」もうすっかり死語・廃語になったと思っていたら
ナント広辞苑6版にあるではないか。ただし「蒸風呂の一種。ローマ風呂」とある。
よかった、さすがに昔の意味は削除されている。
されてはいるが「ソープランド」を見よとあり、その語歴がわかる。

 ことの発端はこうだ。
トルコ人ヌスレット・サンジャクリさんは大の日本びいきの留学生だった。
1984年『日本語スピーチコンテスト』で1位になったが、そのテーマが
「トルコ風呂」。トルコの伝統的蒸風呂は健全なものであるのに、
日本ではいかがわしい風俗浴場の代名詞になっている。
ぜひこの呼称をやめてくださいと訴えた。
 
 

 サンジャクリさんなどの運動でこれに代わる呼称を1984年に
「ソープランド」と改称された。されどしかし、
名前をかえても内容は変わらないのは世の常。

 
時代と国が変わって、1996年韓国で「トルコ湯」問題が再発。
韓国のトルコ大使館がマスコミにこの名称をやめるよう抗議。
韓国が名称を改めなければトルコにある売春街を「コリア・ハウス」と
名づける、と迫った。その後どう進展したか報道はなかったと思う。

 
トルコ風呂が消滅してしまった現在では、

アワ踊り  日本民謡とされているが原曲はトルコ民謡。
               (ビックリハウス版国語辞典 大語海)

も解読しにくくなった。

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