2012年10月28日日曜日

とられる

   鳥越俊太郎 (私の父は)対人恐怖症になって最後は会社も
         辞めてしまうんです。で、寺で修行したりしていたんです
         が、戦争で中国の北のほうにもっていかれまして

   菅原文太  応召ですね。(中略)(おれの親父も)絵を描くように
         なって、いいところまでいったんだけど、肝心な時に
         戦争にとられちゃって……。
                    (対談 「本の窓」小学館

何と悲しい言葉だ。戦争は人を人間扱いしない。
人は勝つための道具にすぎない。あたかも畑になっているトマトのように
家族からひきはなしてしまう。兵隊は「物」扱いなのだ。
だから「兵隊にとられ」て「南方にもっていかれる」。
今東光原作を映画化した『悪名』シリーズの『新・悪名』でも
「父ちゃんは戦争に取られ、長男はやくざになって」
と武原豊が吐き出すように言う。
 
新聞の読者投稿でもその理不尽さが繰り返し語られる。

   ある日突然、父に赤紙がきて戦争に取られ、その後鹿児島の
   親類を頼っての生活は、母ひとりで3人の子どもを育てるのに
   大変だったことでしょう。(都新聞2011.1.16

その悔しさをこの言葉に込める。
兵隊にとられないためには手を尽くした。

   (堂本印象は)国策に協力した理由について
   「そうすることで弟子を兵隊にとられないようにしたかった」と
    後に近親者に語っており、大画塾を率いて苦悩したもう一つの顔も
    垣間見せている。(京都新聞2012.1.21

     

戦争を生き延びた人たちがその戦争の理不尽さを語るとき必ず
使う言葉だ。だからいつまでも記憶は繰り返し語られなければならない。

        花森安治の「一せん五厘の旗」を買って読む。
   1978年に亡くなった先輩編集者の、生涯の書というべき一冊。
   一せん(銭)五厘とは、かつてのはがき1枚の値段、
   それよりも安かった昭和のいのち。軍隊にとられ
   戦後は雑誌「暮らしの手帖」ひとすじに生きた人が、
   毎日書いた文章から、29編を選んだ直言集だった。
       (沢地久枝 京都新聞2012.4.29
 
 

 

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